ステージ3からの復活

普段は街乗り、たまに峠。後悔しない人生を走り続けていく、ぼうやの挑戦

小林麻央さんの追悼番組を見て感じた事

こんばんは~ すてありんぐぼうやです。

 

昨日は、小林麻央さんの追悼番組を見ました。

ブログを書きたくなってウズウズ。

部位は違いますが、同じ「ガン」という病気。

「頑張れ~! 頑張ってくれ~!」って、ずっと願っていました。

”最後のインタビュー”を見ながら、号泣してました。

 

夫婦の仲良しさが羨ましく感じました。

僕と嫁さんの仲はどうだろう?

でも手術から抗がん剤治療まで、面倒をみてくれた嫁さんに今でも感謝しています。

 

海老蔵さんと麻央さんが結婚するって放送で知った時、正直「こんな可愛い嫁さんをもらえて海老蔵さんが羨ましい~」って思いました^^

(そんなこと言ったら僕の嫁さんに怒られそうですね)

麻央さんは、まだ34歳。

早すぎます。

お子さんの事が心配になります。

 

麻央さんの分まで、頑張って生きていかないとダメな気がします。

2年前の2015年の春、医師から「大腸ガンです!」って告知を受けた時、あまりショックがありませんでした。

何故か、今でもわかりません。

「半分、僕はガンだな」って自分で覚悟していたのだと思います。

 

告知を受けてから直ぐに課長に報告して、嫁さんにも連絡。

看護師の嫁さんは、ビックリすることもなく、冷静に「どこまで進んでるの?」

「そんなこと言っても、僕もわからないよ」って返事しました。

次の日、大きな病院で血液検査をすると、「すぐに入院しましょう」って言われました。

 

と、言うことは、かなりヤバい!

もしかして末期?

 

手術で腸を10cm切り取りました。

検査結果は、ステージ3のBでした。AじゃなくてBの悪いほうでした。

既にリンパに5つ癌細胞が転移してました。

これはヤバいってことで、約半年間に亘って抗がん剤治療が始まりました。

 

2時間かけて行う点滴。

全身に伝わると、副作用が強烈でした。

飲み薬は1日に15錠で、それを半年間。

もう嫌になります。そのうち身体が、薬のへんな臭いでたまりませんでした。

頭は痛いし、ずっと吐き気がするし、髪の毛は抜けるし、全身がだるいし、味覚が半分以下になり、食べたいのに食べたくない状態でした。

 

その結果、1週間で4kgも体重が減り、辛かったです。

この辛かった抗がん剤治療を乗り越えられたのは、嫁さんのおかげでもあります。

ももうひとつ、僕の大好きな車があったからこそなんです。

新車から12年付き合ってくれたコンパクトカーを手放すことを決め、8年間ずっと夢を見てたホンダのレーシングカーに買い替える事にしました。

 

抗がん剤治療は、点滴から1週間は辛いけど、それを過ぎると次の点滴までの2週間は元気ハツラツです。(仕事できるんじゃないの?ってくらい)

この元気な時に抗がん剤治療と並行に車探しを進めました。

運が良くて、中古車ですが非常に走行距離の少ないのと出逢えました。

この事をキッカケに抗がん剤治療が怖くなくなりました^^

「よっしゃ! かかってこんかい!」ってね。

 

なんとか治療に耐えた僕は、12月に無事に仕事復帰出来ました。

再発率は0にはなりませんでしたけど、40%から20%にまで下げました。

愛車は、頑張った自分へのご褒美ですね^^

3か月に1度の検査は続いていきますが、麻央さんの分まで頑張って生きていきますね。

 

今日の ”ことわざ”

「赤児のうちは七国七里の者に似る」

赤ん坊のうちは顔の特徴に固定はなく、誰にでも似ていると言うこと。